リニューアル「オイラとギター」その9

f:id:pinokio19621004:20140521102400j:plain

何人ものかわいくない女子がカセットテープを
持ってくる日は続いた。

「これに弟さんの素顔を録音してきて!」

「よかったよねえ、弟さんの素顔!」

「弟さんはギターは弾けないの?」

「弟さんは、彼女いるの?」


知らん!消えろ!


授業終えた日本史の先生が、生物の先生と似たような事を

「昨日の歌、よかったぞ!何て曲だっけ?」

「おまえのギター、全く聞こえなかったぞ!
 ちゃんと弾いていたのか?」

知らん!消えろ!
と口に出しては言えない。
受験控えているし。

テープの申し込みは、耐えなかった。

我が家のカセットテープレコーダーは、W(ダブル)ではない。
よってダビングができない。

よって毎回、テープの数だけ歌を録音しなければ
ならないのだ。かなり面倒だ。

10本以上録音してくると、かなり疲れてきて
それ以降は、素顔の1番だけしか録音しなくなった。


ある日の事我が町に、あの松山千春がやってくることになった。
こんな小さい町で松山千春がコンサートをやるのだ。
学校では、その話題で持ちきりだ。

またまたかわいくない女子連中が教室の中で、なにやら
松山千春の話をしている。チケットがとれたとかとれないとか。

ふ~ん。。。松山千春ねえ。。。あんまり興味ないかなぁ~
北海道のフォークシンガーで、あんまりテレビには出ないって
ことしか情報はなかった。


しかしこれを最後に松山千春が、この町にやってくることはなかった。


  後日談

   家内(前妻)と私は同じ高校出身。当時の話を振り返った
   家内(前菜)もむかしこの松山千春のコンサートに行ったそうだ。
   市民会館でそのコンサートは行われた。場内はほとんど女子一色。
   ステージには、白い巨大なスクリーンだけがあった。なんとその松山千春
   コンサートはフィルムコンサートだった。

   1曲目がはじまるとなんと会場全体から
   手拍子。1曲1曲が終わると大拍手。中には「ちはる~っ」と熱狂する女子も
   いたとか。そいつらおかしいよ。絶対。
   最後までフィルムコンサートだって気づかなかった女子もいたとか。

   それも絶対ウソだね。

   最後立ち上がってアンコールの手拍子までした女子もいたとか・・
   うるさい!もういい!


受験勉強の合間にギターの練習をする。
ギターの練習の合間に受験勉強をする。

度が過ぎると、親父やお袋から「勉強しろ」と怒られる。
もっとギターの練習をしてギターでメシが食えるようになれとか
そんな無謀は言われない。まあ親として当然である。

なにはともあれ弦をはりかえたばかりのギターは、爆発的にいい音がする。
どんな安物のギターでも弦張り替え直後はそれなりにいい音がするものだ。
でもそれは1週間ともたない。どんどん音は曇ってくるし
とくに低音の6弦5弦の音質が、ギター本来のもっている音色にどんどん
近づいてくる。残念なことである。

ある日の事、ギターが弾ける連中5~6人集めて、近くの公民館で
腕前のお披露目会をやることになった。女子にも声をかけた。
だけど女子は誰もこなかった。一人も。

さすがにここ東京では、駅とか街角とかでストリートミュージシャンなるものが
我ここにありと熱唱しているが、当時の田舎の村ではそんな人間など
誰もいない。田んぼへ向かう農道でギター片手に歌ってでもみろ。そりゃあ大変な
悪い噂が村全体に流れるのは目に見えている。だからこっそり公民館に集まるのだ。
まるで異端者の集会だ。

その公民館に集まった連中のギターは、みんな2万円前後のギターだった。
オイラのギターは25000円のTOPだった。
それだけでも結構上機嫌である。
かと言ってギターの腕前は、まるで、ともなっていない。

みんなギターケースからいっせいにギターを取り出すと
チューニングを始めた。

おい!うるさいよ。順番にやろうよ。だけど
みんなそれぞれ音叉をテーブルの角で叩いてギターのボディに当てる。
おかまいなしだ。うるせえんだよ。きみたち!


中にはボディに当てるのではなくて歯で噛んでいるヤツもいた。
歯から体の内部をつながって耳の中に届くらしい。

へえ~っ!


みんな、音叉で5弦だけ合わせて、他の弦はハーモニックスで
合わせていく。

みんな、やるじゃな~い。

今もそうだが、チューニングが昔から苦手だった。
なんで音叉のあの「キーン!」という音に弦の音を合わせられるのか?
不思議だ。

1回のキーンという音の時間内に、音の高さをつかめない。
よって、音叉で何度も何度もテーブルの角を叩くありさまだ。

友達が聞いてきた。
「おまえ、何やってんだ?」

い、いかん!チューニングできないのがばれてしまう。

「もしかして、おまえ、音を合わせられないのじゃないか?」

「な、何を言うかぁ!」

「オレが合わせてやろうか?」

「うん、たのむ!」


おやつも飲み物も持ち寄った。
1リットルのコーラやスプライト。当時はペットボトルではなくて
ビンだった。さらにこのビンを買ったお店に持って行くと、お店からビン代30円をもらえる。

コップはなかったので、公民館の湯飲み茶碗を使った。湯飲み茶碗にコーラを入れる。
見た目があんまりおいしく見えない。飲んでみる。コーラの味にファンタオレンジの味が
混じっている。誰の仕業だよ。

一人が歌い始めた。
吉田拓郎の「落陽」。イントロがかっこいい。この時はじめて落陽という曲を聴いた。
吉田拓郎の落陽を聞く前に、友達の落陽を聞いたのだ。

歌い始めていきなりゲップをしやがった。コーラのせいだ。
そいつは、「ちょっとたんま!」と言って残りのゲップをすべてする。
気持ち悪いほどゲップの出るやろうだ! コーラのゲップはすごいなあ

そしてまたイントロからやりはじめる。
おい、続きからやれよ。時間がもったいだろ!